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最高裁判所第三小法廷 平成4年(行ツ)118号 判決 1992年11月06日

千葉県市川市真間一丁目九番五号

上告人

三葵合資会社

右代表者無限責任社員

本多安仁

右訴訟代理人弁護士

浜田脩

加藤祐司

千葉県市川市北方一丁目一一番一〇号

被上告人

市川税務署長 國安如水

右指定代理人

畠山和夫

右当事者間の東京高等裁判所平成三年(行コ)第九九号課税処分取消請求事件について、同裁判所が平成四年三月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人浜田脩、同加藤祐司の上告理由について

所論の立退料支払の合意が成立したものとは認められないとして、本件更正の請求に対する本件決定を適法であるとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 左藤庄市郎 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄)

(平成四年(行ツ)第一一八号 上告人 三葵合資会社)

上告代理人浜田脩、同加藤祐司の上告理由

原判決には、その事実認定の過程において、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則違背及び採証法則違背が存する。

一 法人税法第二二条三項二号は、当該事業年度の損金として計上し得るためには、原則として当該事業年度終了の日までに「債務が確定していなければならない」と定め、本件は第一審以来、上告人の訴外高村に対する金二〇〇〇万円の立退料支払責務が右「債務の確定」という要件に合致するかどうかをめぐって争われてきた。

具体的に言うならば、右債務の確定についての法人税基本通達二-二-一二が定める<1>当該費用に係る債務が成立し、<2>かつ当該債務に基づいて具体的な給付をなすべき事実が発生し、<3>しかもその金額を合理的に算定することが可能なものであることという三つの要件を上告人の右債務が充たすかどうかについての争いであった。

原判決は、上告人と訴外高村との間には立退料の支払合意が存せず、従って右<1>の要件に該当する事実がないとして、控訴を棄却した。

二 しかしながら、本件各証拠によれば、上告人と訴外高村との間に金二〇〇〇万円の立退料支払合意が存在し、これを前提として千葉地方裁判所昭和六一年(ワ)第九七一号事件についての和解が成立したことは明らかである。

1 原判決の「理由」中、第一審判決を補正した部分(原判決二丁裏五行目から六丁表五行目まで)のうち、二丁裏一一行目から四丁表七行目までの部分において原判決が認定した事実は、建物明渡訴訟における一つの典型的な訴訟上の和解の経緯・推移を示すものである。原判決は、この訴訟上の和解のごく常識的な部分に目を奪われた結果、上告人と訴外高村との間の紛争解決内容の特殊性から目をそらすものとなってしまっている。この特殊性とは、言うまでもなく、第一審及び原審で一貫して争点とされてきた立退料支払合意の存在、すなわち甲第三号証の覚書の存在である。

原判決は、右覚書につき、「本件和解の内容からすると、その前提とされたとはいいがたい」「右覚書が本件和解以前に作成されたとの主張に沿う前掲証人高村、控訴人(上告人)代表者の各供述は、これと矛盾する乙第七号証中の供述記載と対比して採用しがたい」と一蹴しているのであるが、本訴訟に表れた各証拠に照らせば、むしろ、右覚書は本件和解以前に作成され、本件和解の前提となっていたと認定することが経験則にのっとった合理的な事実認定である。

2 まず、右覚書作成の時期について、原判決は、本件和解以前に作成されたものとは認定しなかった。

しかし、第一審及び原審を通じて取調べられた証拠のうち、右覚書の作成日が昭和六二年一〇月五日以外の日であるとするのは、乙第七号証(及びこれに基づく甲第八及び第九号証)のみであり、他の証拠は、いずれも右作成日が右昭和六二年一〇月五日であることを示している。そこで、乙第七号証の信用性について検討するに、乙第七号証は市川税務署の職員が作成した訴外高村についての聴取書であるうえ、その内容である右覚書を昭和六三年二月二一日作成したとの供述内容については、訴外高村自身が国税不服審判所における調査においても、また本訴訟の証人尋問においても、間違いであったと訂正しているものである。もともと、原判決も認定するとおり(三丁表六行目・七行目)、訴外高村にとって右和解を成立させるについての最大の関心事は代替建物の賃料額と賃借期間であり、立退料については第二次的な意味合いしか有していなかった。従って、高村が同人の希望に沿う形での和解が成立した後、右覚書をあまり重要視しておらず、市川税務署の職員からの事情聴取に際し右覚書を念頭においていなかったため、「成行き上」(同人の証人調書一三丁裏)曖昧な返答をしてしまうということは、極めてあり得べき事態だと言わなければならない。また、乙第七号証の記載内容に従えば、右覚書は昭和六三年二月二一日に作成されたことになり、右覚書の作成日とされている昭和六二年一〇月五日は、日付を遡って記載されたことになる。しかし、高村は、上告人代表者が昭和六三年二月に入ってから、作成日を昭和六二年一一月六日と記載した甲第一一号証の一を持参したところ、作成日(契約日)を遡った書類に署名捺印することを拒否しており(上告人代表者の平成二年一二月一二日分本人調書一六項。作成日を遡らない甲第一一号証の一と同内容の同号証の二については署名捺印している)、かような性格の右高村が、甲第三号証の覚書については作成日を遡ってこれに署名捺印するとは到底考え難いと言わなければならない。

以上によれば、乙第七号証をもって、右覚書が本件和解以前に作成されたとの内容の証人高村、上告人代表者の各供述を排斥した原判決は、証拠の採否を誤るものであり、甲第三号証の覚書自体、また、この覚書が昭和六二年一〇月五日に作成されたことを証する右各供述等により、右覚書は本件和解以前である昭和六二年一〇月五日に作成されたとするのが、経験則に沿った認定であると言わなければならない。

なお、原判決は、岩井俊郎税理士が昭和六三年二月一日の確定申告に際し訴外高村に対する立退料を損金として経理処理しなかったことについて、合理的な説明がつかないとする。しかし、岩井税理士の過誤は、立退料が未払金であり、もともと帳簿に記載のないことからする計上漏れ(証人岩井の証人調書四丁)なのであり、実際に支出した費用の計上漏れとは異なり、決してあり得ないような形での過誤ではない。また、訴外高村に対する立退料を損金として申告しなかった後における岩井税理士のとった更正の請求手続、異議申立手続、審査請求手続といった一連の手続は、右覚書の存在を失念し、立退料を損金として経理処理しなかったことが自らの過誤に起因するが故のものであり、そうでなければ、面倒で手間も時間もかかるかような手続をとるはずはない。仮に、岩井税理士が昭和六三年二月一日の確定申告書提出の段階で右覚書の存在を知らず、従って自らに何の過誤もないにもかかわらず右のごとき一連の手続をとったと考えることは、それに要する労力と時間からすれば、却って不合理なものだと言わなければならない。かように、訴外高村に対する立退料が確定申告書に記載されなかったのは、岩井税理士の過誤と言うほかないものであり、それ以上のものでも、またそれ以外の意味を有するものでもない。

3 次に、原判決は、甲第三号証の覚書は、本件和解の前提となっていたとは言いがたいとする。しかし、前号のとおり、本件和解以前である昭和六二年一〇月五日に右覚書は作成されている。そして、原判決も認定し(四丁裏一〇行目から五丁表三行目まで)、また訴外高村の証言(証人調書五丁及び六丁)にもあるとおり、訴外高村は、甲第五号証の内容について説明を受け、そのうえで右覚書に署名捺印し、この甲第五号証の内容と同一内容で本件和解が成立しているのであるから、右覚書は、当然、本件和解の前提となっていたものである。従って、これと異なる原判決の右決定は、経験則に反する不合理な事実認定だと言わなければならない。原判決は、右覚書作成に際し弁護士が立会っていないこと、内容も立退料を金二〇〇〇万円として支払方法は別途協議するというだけのものであって、代替建物についての賃貸条件に触れるものでないこと、和解の場にも提出されず証拠にもされなかったことをもってその理由としているが、右覚書作成の段階においては、従来の和解期日の過程で代替建物はママハイム一〇六号室と特定し(上告人代表者の平成二年一二月一二日分本人調書五項・六項)、しかも甲第五号証においてこの代替建物正常家賃と和解で決まるべき家賃とが明示されていたうえ、これらが訴外高村の希望に沿うものであり(同人の証人調書六丁)、高村も出席した(同人の証人調書六丁)昭和六二年一一月六日の和解期日における本件和解内容が右覚書及び甲第五号証と異ならなかったことからすれば、弁護士が立会わず、当事者本人同士の間で覚書が作成されることも、また右覚書が和解の場に提出されず証拠にもならなかったことをも含め、何ら異とするに足る事実は存しない。

三 以上のとおり、原判決には、その事実認定の段階で経験則違背及び採証法則違背が存し、その結果、原判決は、一に掲げた法人税法第二二条三項二号の「債務の確定」について判断を誤り、控訴を棄却したのであるから、右経験則違背及び採証法則違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。従って、原判決は、その破棄を免れない。

以上

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